August 2015

朝、夢うつつに思った。堀北真希の夢を見たのは軽い予知夢だったのではないかと。昔からときどきあった。なんの関係もないのに、また脈絡もなく起きる。風邪で高熱をだして寝込んでいた。遠くで叫び声を聞き跳ね起きた。その瞬間、こちらも小さく叫んでいた。「飛行機が落ちた」南の方だと感じた。ひと眠りしたあと起こされた。「台湾で飛行機が落ちたみたいです」その飛行機には作家の向田邦子が乗っていた。その前後にもなんどかあった。何か強烈な電磁波を受けとってしまうのか。すると蕎麦屋にいて堀北真希と話していた女性はどうなのだろう。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

驚いた。山本耕史との結婚が突然発表された。山本耕史も好きな俳優だ。この二人は幸せになる気がする。(^-^)
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

仕事のメモはとらないが、小説のアイデアや参考文献などのメモはとる。気に入った百円ショップのノートを愛用していた。だが、ランダムなメモやまとめに冊数がふえていく。記したものの検索に時間かかるようになってきた。そこでノートを自分でデザインするかと思ったとき、リーガルパッドに出会った。これだ、これだ。とすぐに購入し、使い出した。リーガルというだけにアメリカの法曹界で使われ、ビジネスマンにも広がった。シンプルだ。これでいい。さらなる使い方は、使用者がする。考えることはみな同じだ。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

月曜日は
サンマにした



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

スーパーへ行くとき通るいつもの公園で
盆踊りをやっていた



町内の人たちが無料出店を開いていた
子供たちがうれしそう


盆踊りは、
帰ってきた霊を慰めるためにはじまったという

この町内は人口が増えてきている
盆踊りもすこしにぎやかになってきている
綿あめ食べたかったが、子どもだけのようだった(≧∇≦)
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

女優高峰秀子は特攻隊員を慰問していたとき戦争が終わったと語った。その夜、旅先の宿で寝ていたとき、その屋根すれすれに轟音を立てて何機もの特攻の飛行機が敵のいない海に出撃していったと。昨日まで死ぬつもりだった少年特攻隊員の自爆行動だった。教育は恐ろしい。

忘れてはいないが思い出したことがあった。正月元旦に鹿児島の知覧にいったことがある。特攻の基地があった地で今でも特攻隊員の遺書などが展示されていて、見たり読んだりしているうちに涙と怒りがこみ上げてきた。その中に、北海道岩内町の少年がいた。遺書に「俺が死んだら泣いてくれる人がいるかな」とあった。北海道に特攻隊員がいたことと、この言葉のやるせなさに強く胸が打たれた。その時彼のことを調べて小説にしようと思ったのだ。夢は怠けているこちらへの彼からの誘いだったのかもしれない。
夢に出てきたもう一人の女性とは、蕎麦を食しながら、夢を記す話しをしたことがある。夢は不完全ながら、どこかで結びついているから面白い。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

夢に、堀北真希が出てきた。そしてもう一人の女性。ふたりは何やら話しをしていた。ストーリーはあったが忘れた。堀北真希は好きな女優だ。小林信彦は彼女の大ファンだがそこまでではない。最近彼女の出演作は観ていないのに、夢は
不思議で唐突だ。昼、「徹子の部屋」に彼女が出てきた。この番組も偶然数年ぶりにたまたまだった。堀北真希は特攻隊員のTVドラマの番宣だった。戦後70年でこういった番組が多い。と、長崎原爆被害者の美輪明宏の体験を語るビデオが挿入された。夢はこれを誘ったのか。美輪明宏10歳。助かったが被曝した人たちの姿は酷く、生き地獄だったと。つぎに作家の宮尾登美子の戦争体験、女優の高峰秀子の体験。堀北真希はその間に黒柳徹子に質問や感想をたずねられちょっと気の毒なカタチだった。観ていて夢の誘いは、高峰秀子の話しかもしれないと思った。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

美人スタッフの二人と昼食に鰻を食べに行った。二人ともキャリアと実績から昇進した。といっても厳しい状況で昇給はない。それでも喜んでいた。せめてもと、鰻をご馳走した。丑の日が終わって値段がさがった頃合いを見はらかってだ。思惑どおりこちらの懐に沿うようにサービス価格のセットがあった。それでも喜んでくれた。出てくるのに時間がかかった。さすが高級専門店だ。期待感が増す。話しははずんだ。出てきて、蓋を開けたときの歓声を耳にするとうれしくなった。食べ始めたとき一人が言った。鰻重には食べ方があってぐるりと食していって、最後に尾の方に辿り着くのだと。へえ〜、と思いながらあっと言う間に食してしまった。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

今日は、二の丑。

ここの昼も、ウナギ入りガンモ、
外せなかった。



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr


子どもの頃映画好きになった。港町の下町だった。通学路の家の壁に映画ポスターが貼られていた。今でも憶えているのは倍賞千恵子の「下町の太陽」のポスターだ。ほかにもあったが記憶に残ってない。子どもでも映画館には入れた。その下町に二館はあった。ちょっと足を伸ばした繁華街にはまだ数館あった。そのひとつで日活の「電光石火の男」を観た。叔父に連れられていったのだと思う。主演は赤木圭一郎だった。すっかりファンになった。後日、日活スターがスポーツカーを過って事故死したと耳にした。赤木圭一郎だった。子ども心に自分がファンになったら俳優は死ぬかもしれない、なんて軽いトラウマになった。後年、もっと驚いたのは、その赤木圭一郎が美輪明宏の恋人だったと発表されたときだった。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

↑このページのトップヘ