大学病院前停留所

通勤のバス停留所のひとつで、外来診療日なのか混む日が週に何回かある。それらの日には、一人で降りるのもままならぬ老人がよく乗っている。付き添っている家族の手に、たいがい大きな紙袋がある。入院するのだろう。今日が外気に触れる最後になるのか、と勝手に気をもむ。車窓から、無事に退院することをつい願ってしまう。

TVで黒金ヒロシが日本が負けたとき、ファンや世間の嘆きに向けて言った。「失望」という部分は違う表現だったかもしれない。サッカーも映画や野球とおなじエンターテインメントであることを改めて知らされた。さすが、一枚のイラストで歴史や人物を活写する視点思考の持ち主だ。原点をはずさない。ここが重要だ。彼は何か起きたとき「覚悟が必要」とよくいう。この言葉にも、身が引き締まる。

夜、帰宅してから近くのスーパーに歩いて行った。広い駐車場で軽自動車が急発進した。ゴミ袋が三つその場にあった。今時こんなことするとは、と逃げ去る車をみていた。獣は過去も未来も思考しない。今しかない。人間は違うから発展した。あきれることはない。同じ人間を殺害し山中に捨てる輩が続出している。ゴミなんぞと逃げる車中の人間は可愛いくらいだ。だが習慣づくと、やがて死体を遺棄し平気で日々をおくる獣になる可能性は大だ。

TVとヤフーニュースとの恐怖の戦い。
今夜はブラジル対メキシコ戦の録画を楽しみに仕事を終えた。結果は出ている。スマホのヤフーニュースが勝手に結果を知らせてくる。その前にアプリを処分した。前線の敵は潰した。次にTVスイッチをいれた時が勝負だ。どこの局もサッカーだ。画面が出た途端、結果が飛び込んでくる。今夜はうまくいった。一勝一敗だ。2014-06-18-20-48-07

週刊文春、週刊新潮の二誌のテレビコラムで、おもしろい事象があった。
「テレビ健康診断」亀和田武(文春)、「テレビふうーん」吉田潮(新潮)、二つは真逆な批評をしている。先は「文句なしの傑作」と締めている。後のは「何かが邪魔する。何かが集中力を削ぐ」。さらに「非常に薄いが、独特の膜が一枚張っているような気がする」とある。テレビや映画のコラムは優先して読む。共感共鳴、目線のちがい、新しい知識などが得られる。この番組は、最初の放送は途中から見た。続、は録画していた。だが少し見て、消去してしまった。吉田潮(この人は 女性? 男性? 知らない楽しみもあるでWebで調べてない)に仲間意識をみつけた。亀和田武のコラムも毎回楽しみ。<敬称略>

「若い生活をしている者は若い。老いた生活をしている者は老いている」
作家・井上靖の「氷壁」:週刊新潮のなかで紹介されていた。
高齢者へだが、いつの時代もおなじということだ。

2014-06-18-07-16-46おひとりさまという言葉は、好きではないが定着しているので使用。朝食はしっかり食べる習慣が身についた。ついパワー•ブレックファーストになる。最近、必ず食するのは、野菜にシジミ汁。今朝はペポカボチャペーストをトーストに塗ったもの。9時に社に入るが、すでにお腹が鳴っている。
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1977年とある。日本の冒険小説ファンを大興奮させたハイジャック物。作者ルシアン•ネイハムの次回作を待った。ずいぶん待った。数カ月前、この復刻版的文庫を見つけた。昔の文庫はボロボロになってどこかに紛れている。あとがきをめくって驚く。米国では、大して評判にならずネイハムはこれ一作で1983年に亡くなったとある。胸が痛む。ロバート•レッドフォード主演で映画化予定とあったはず。先の出版は新潮文庫とあって記憶は正しかった。カバーはそのときのまま。これは正解。2014-06-17-22-30-46

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